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走ることについて語るときに僕の語ること読んでます
2007 / 11 / 06 ( Tue )
「走ること」について本を出すと村上春樹は十年以上前から宣言していた。村上春樹の影響で フルマラソンを六回走った僕は その長きを待ちわびてきたので勢い込んで読んだ。

 村上春樹を読み始めて二十年以上経つが これほど自分を語る村上は初めてである。そうして 村上が語る自分とは「老い」である。題材はマラソンとしているが これは村上が自分の「老い」を語った本なのだ。

 二十年前に「何かを学ぶ姿勢がある限り 年を取ることは苦痛ではない」と 小説の中で(ピンボールあたりだったか?)断言していた村上も きちんと年は取ってきたということなのだと思う。その自分の言葉に実に忠実に年齢を重ねてきたことは 二十年間リアルタイムで村上を読んできた僕には 良く分かる。
 遅くなっていく自分のマラソンのタイムを語る村上の視線の先には 今後の更なる「老い」と その先の「自分の死」が だんだんと見えてきているのだと思う。本書で 村上が自分の墓標を書いているのは 冗談のようで冗談ではないのだと思う。村上は笑って語っているが その目は笑っていないはずだ。

 
 村上は走ることで小説が書けて来たと言っている。多分そうなのだろう。但し 村上にとって走ることとは 自分に向き合うことであったこともひしひしと感じる。走るという行為で 村上は自分の肉体と会話をしてきたはずだ。そうして そんな自分の肉体が「村上さん あなたもちゃんと年を取ってきていますよ」と村上に語りかけてきているのだと思う。
 それをきちんと受け止め そこから「何かを学ぶ」ところが 村上の 人間としての真骨頂なのだと思う。

 本書は 真摯であり 爽やかであり そうして厳粛な本なのだと思う。読んでいて非常に為になった。
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